エアーズロックに登った日

24日目(3月22日)/Yulara

エアーズロックに登るために6時40分頃、Caravan parkを出る。エアーズロックは、涼しいうちに登岩しないと危ないからだ。その前に、日の出のエアーズロックを見にSunrise view pointへ寄らなければならない。

エアーズロックでの日の出

日の出前までに着かなければならないのでぶっ飛ばす。7時前にSunrise view pointに着いたが、もうたくさんの人が来ていた。たくさんの車に混ざってツアーバスも泊まっている。昨晩の日の入りの時とは異なり、他の人は、それほどエアーズロックには注目していない。もう日の出は終わってしまったのかな、と思っていると、徐々に陽が昇り始め、エアーズロックがややオレンジ色に照らし出された。陽が昇ってくと次第に色が変わる。写真を撮ろうとするが、なかなか岩全体が写真に収まらない。国立公園なので、道路と駐車場以外の場所には柵があって後ろへ下がって写真を撮ることをできない。やむを得ず、柵に登り彼女の肩につかまりながら右半分、左半分と2枚写真を撮る。

陽が昇りきってしまうと、みんな次の場所へ移動し始める。登岩だ。我々もみんなの後を追うようにして登岩口へ行く。エアーズロックは、アボリジニの聖地であるため決まった場所以外からの登岩、進入は禁止されている。そんなわけで、みんな向かう方向は一緒だ。

野犬・ディンゴ

登岩口の駐車場にはたくさんの車が並んでいる。ふとした所から、ディンゴというこの周辺固有の野犬が現れる。前日、Visitor informationにいる時に、隣のツアー客についていたガイドの話を聞いていた際に、「ディンゴは野生なので病気を持っている恐れもあるから、決して近寄ったり餌を与えたりしないように。」と言っていたのを思い出す。そう言えば、真偽は不明だが、この周辺で子供がディンゴにさらわれたという話もあったらしい。
かつてこのあたりがアボリジニに返還される前、今は禁止となっているキャンプができたそうだ。そのころに親子連れでキャンプしていたら、子供が忽然と姿を消すという事件があったという。最初、両親が逮捕されたが、彼らは無罪となり、唯一考えられる犯人がディンゴだということになったらしい。この事件は、とても謎が多く、映画化までされたらしい。
そのディンゴの写真を撮ろうとしたが、カメラを出そうとしている合間に遠くへ行ってしまった。

エアーズロックに登る

いよいよエアーズロックに登り始める。先程までSunrise view pointにいた人がみんな登岩し始めたのでかなり混雑している。最初の僅かな距離だけ手をついてよじ登る。そこから高さで2/3までは鎖につかまって登る。鎖の前には行列ができている。たまに、鎖につかまらずに横から登って行く人もいる。こういう人が突風で飛ばされてしまうのだろうか。ここでは熱射病と共に風に煽られて落下する人が後を絶たないという。巻き添えにはなりたくない。
下岩するときもこの鎖に掴まりながら降りるのだろうが、こんなに混んでいてはさぞかし怖いだろう。今は、時間が早いので、降りてくる人はいないが、我々が降りる時間には、上ってくる人もたくさんいるだろう。恐ろしい。安全への配慮が明らかに欠けている。これでは死人が出ても無理はない。とは言え、これが本来のレクリエーションのあるべき姿なのであって、日本のようにいたるところに柵が設けられているのがおかしいのかもしれない。小沢一郎の"日本列島改造論"のまえがきに、「グランドキャニオンには柵がない、これが本当の姿であって、日本はどうかしている。」という言葉につくづく同意する。
時々前のほうがつかえる。交通渋滞のようだ。途中で休んでいる人もいる。幸い、心配していた蠅は全くいない。気温も全然高くない。長袖を着ているが暑いと思わない。
鎖が終わったところで一休みする。かなり疲れた。暑くはないが乾燥しているためか、とても喉が渇く。ペットボトルにたくさんの水を持っているが、足りなくしまったら困るので、控えめに水分を補給する。しかし、ガイドブックや看板で十分な水を、と警告してあった割には、あたりを見回す限り我々ほどたくさんの水を持っている人はいないようだ。

下を見渡すと車やバスが点のようになっている。そしてその前には、何もない大地が延々と続いている。赤茶けた大地に、緑とはいえないような緑が転々としている。所々に車輪の軌跡がある。周辺は一般人の立入は禁止されているはずだから、おそらくアボリジニの車の跡だろう。かなり高くまで来たことと実感する。これまで上ってきた鎖のまわりには延々と人が続いている。関西弁を喋るおばさんや新婚カップルなど、日本人がとにかく多い。これまで、日本人どころか東洋人すら珍しい地域を旅してきただけになんだが懐かしい。海外旅行に行ってまで日本人は嫌、という人は多いだろうが、今の気持ちはむしろ逆だ。横にいた新婚カップルは、男性の方が疲れたと言って登るのを諦め、女の人の方が、「そしたら私だけ登ってくるから待ってて。」と1人で登っていた。

だいぶ楽になってきたのでまた登り始める。いきなりの難関だ。2m程の絶壁を登らなくてはならない。手をつきながら何とか登る。そこからは、割と平坦な場所が続く。足元に白いペンキでおおよその道が示されている。しかも人が大勢いるので迷うことはない。
しばらく行くと、3m程度の上り下りが続く。かなり急で上ることを躊躇いそうになってしまう場所もあったが、気合いで登り切る。ロッククライミングのように岩の窪みに手や足をひっかけて上らなければならないところもある。彼女は大変だろうが、頑張っている。おばちゃん達も根性で上っている。
このようにずっとエアーズロックの尾根と思われる部分を歩く。彼女も頑張って後ろから歩いてくる。かなり高いところまで来ているのですぐに頂上かと思ったが、結構歩かされる。
無言で石を集めているおばちゃんを見つける。Ayers rockはアボリジニの聖地なので、石をむやみに持ち帰ったりすると呪われることもあるという。実際、ここで石を拾って持って帰った後に不幸が続いたということで、石が送り返されてくるということも度々あるという。そもそもここは、国立公園なので、物を採取することは禁止されているはずだ。

エアーズロックの頂で休憩

登りはじめて1時間ちょっと過ぎて、ようやく頂上に着く。眼下はあたり一面、灌木が茂っているのみ。後は赤茶けた半砂漠が広がるのみ。あたり360度見渡すが、Mt. Olga以外には山すら見えない。どこを見渡しても地平線しか見えない。ここだけが変に賑わいでいる。やはり日本人が多い。中でも女の人が多い。やはり、旅行は男よりも女の人の方が好きなのだろうか。ツアーの人は、時間がないといってすぐに降りていってしまう。そう言えば、時間がないといって途中で降りていく人を途中で何人も見かけた。自由時間は、おそらく2時間というところだろう。せっかくいいところに来たのだからゆっくり見たいだろうに。つまらないお土産物屋に連れていく時間をここでの滞在に割けばどれだけ有用なことだろうか。こんなことだから、日本人のツアーは"Kamikaze tour"と呼ばれるのだ。これだからツアーは嫌いだ。車での個人旅行で本当に良かった。たとえもし、バスでの旅行だったとしても、こんな所に来るにはツアーに参加するしかなかっただろう。
ベンチになりそうな岩を見つけ、腰をかける。目の前には方位が描いてあるブロンズの板が見える。
「写真を撮ってください。」と日本人に声をかけられたので撮ってあげる。かわりに、我々も写真を撮ってもらう。2人で旅行している割には、一緒に写った写真がないだけに、とても貴重だ。治安がいいとは言い切れないので、むやみに見知らぬ人に写真を撮ってください、などとは頼みにくい。そう言えば、日本人には写真を撮ってくれと頼まれたことはあるが、ニュージーランドの人にも、オーストラリアの人にもそんなことは頼まれたことがない。不思議だ。かと言って、西洋人は写真を撮らないなどと言うことはない。よく日本人はカメラを持っていると言われるが、西洋人だって同じくらいカメラを持ち歩いている。カメラ=精密機械=日本人のつくるもの、という固定観念から生まれた誤解だろう。

エアーズロックを下岩

30分くらい頂上で休憩した後下岩する。さすがに我々ほど時間にゆとりのある人は少ないようで、行きとは全く異なり実に空いている。時々、登岩者が下から上がってくる。鎖の所を降りるのが怖い。下りではとても掴まりにくく、しかもとても高いところにいるので足がすくみそうになる。そこで、後ろ向きになり、登りの格好で降りてみた。そしたら実に降りやすいではないか。喜んでその格好で降りていたが、まわりにはそのような降り方をしている人は1人もいない。みんなも同じようにすればいいのにと思った。
9時30分頃駐車場に戻る。Backpacker's tourのバスのおじさんが声をかけてきた。「バッテリーケーブルを持っていないか。」と聞く。バスでも壊れることがあるようだ。日本では考えられない。押しがけにもトライしていたようだが、やはり無理のようだった。これだけ大きければ無理もないだろう。

アボジリニの壁画

続いて、Ayers rockに描かれているアボリジニの壁画を見に行く。園路が整備されており、壁画には容易に近づけないよう柵が設置されている。柵越しに、いくつかの壁画を見て回る。いわゆるターゲットマークや蛇の壁画などがある。黒、黄土色などの色が使われている。高いところでは気にならなかった蠅が、ここでは以上に多い。唇や鼻など水のあるところに近づいてくる。歩いているおばさんの中には、農民が田んぼで使うような蠅避けネットをかぶっている人もいる。Ayers rock resortに同じものが売られていた。

日本人ヒッチハイカー

次は、アボリジニに関する展示がある、Culture centreへ行く。Culture centreへの途中の道で、日本人の女の子が何人かでヒッチハイクをしているのを見つける。普段はヒッチハイクをしている人がいても、通り過ぎてしまうのだが、今回は反射的に停まってしまう。
「あれ日本人じゃない。」と声が聞こえる。間もなく近づいてきて、「リゾートの方へ戻られないのですか。」と尋ねる。「残念ながら戻らない。」と答えると、すいませんと言って去っていった。ツアーの客は自由に帰ることもできないのでなかなか大変だ。何の用があってヒッチハイクをしていたのか走らないが、結局彼女達はどうなるのだろう。3人なら女の子だけも大丈夫だろうか、心配だ。日本人ほど安全ボケしている人はこの世にいないだろうから。

Uluru Culture centre

Uluru Culture centreに到着。アボリジニの文化や食べ物、言葉などの展示を見て回る。Ayers rockの99年リースに関する説明もある。外では、アボリジニ独特の絵、点描で絵を描いている人がいる。なぜか全部女の人だ。綿棒や筆を使って描いているのがとても以外だ。彼女達は、普段はどんな生活をしているのだろうか。いまだに原始的な暮らしをしているのだろうか。こんなに辺鄙な場所で生活しているのだから、やはり原始的なのだろう。

マウント・オルガ

昼食の弁当を食べた後、今度は、やや離れた所にあるMt. Olgaへ向かう。オーストラリアの人々の間では、Ayers rockよりもMt. Olgaの方が人気があるそうだ。どんな所なのだろう。楽しみだ。
行く途中、Lookoutがあったので写真を撮る。

Lookout at Mt. olga, outback australia

空が絵の具のような青色をしており綺麗だ。
Mt. Olgaの駐車場に着く。いくつかのトレッキングコースを示した看板を見つけ、その中でも短時間で戻ってくることができる、往復1時間のOlga gorge workを選ぶ。
岩だらけの道を歩いていく。砂漠の中のコースだ。

マウント・オルガを歩く

ごつごつした岩は、疲れ切った足には少々辛い。乾ききった道だが、谷には草も生えている。水はやはり低いところに流れていくのだろう。短い橋を渡りどんどん進んでいく。
やがて、谷の方へ入っていく。垂直に切り立った崖が迫っている。

ものすごい崖

別のトレッキングコースを通れば、上へ行けるのだろうか。
だんだん谷巾が細くなっていき、行き止まりと見られる所へ着く。奥には草が生えていて、カラスがいる。日本では、人家のあるところにカラスはいるものだが、ここオーストラリアでは、なぜか誰もいないところでよくカラスを見かける。石を投げたら飛んでいった。彼女に怒られる。
来た道を戻る。期待していたほどおもしろくなかった。長いコースを歩けばおもしろいのだろうか。我々には、Ayers rockの方がどう考えてもおもしろい。

Ayers rock resortへ戻る

途中Flooding wayの看板とAyers rock、そして自分の車を入れて写真を撮る。

Flooding wayとは、雨が降ったら通れなくなる道路のことだ。これだけ通行量が少なければ、道路を高いところに造って洪水時も通れるようにするよりも、洪水時には通行を諦めるようにした方が金もかからないし、合理的だろう。だが、ここが周辺での唯一の道で迂回路もないわけだから、数年に1回のことだろうが、通行止めになれば何らかの影響が出るような気もするが。これより奥に住んでいる人たちは、自給自足でも生活できるアボリジニのみだから大丈夫なのかもしれない。
Resortへ戻り、お土産物屋へ行く。彼女がAyers rockの登岩の際にキーホルダーを壊してしまったと言うので、新しいものを買う。

勉強が苦手なボクの英語日記 ワーホリを終えて

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